人生の折り返し地点を通り過ぎて半世紀となったオヤジが年金暮らしになる頃に懐かしむ雑記録

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「無知は罪」極悪がんぼの台詞にて

連日の極悪がんぼ絡みですが...
昨夜、録画を観てしまって思いついたので連投になってしまいましたm(..)m

知らないことは罪

要所要所で出てくるセリフ、このドラマ(原作)の根幹であろうと思われる言葉です。このドラマにおいては違法とかグレーな方法というアンタッチャブルな部分が多いけど、伝えようとしていることは正しいと思ってます。

知らないことは恥ずかしい事ではないけど、知らないまま、知らないで済ませていることは罪である...と言う事だろうと思う。最近はあまり聞かれなくなったけど、「ググれカス」と言う言葉をネットで目にする機会も多かったが、これは人に聞く前に自分で調べろという意図から出たフレーズ、こんなことは子供から大人になるまでに、両親から教えられるような事だった。

誰かが教えてくれる、誰かが助けてくれるという風潮なのかどうかは分からないけど、扶養で親が子供に対してはあり得ると思うし、愛してくれている人がそうしてくれることはあり得るが、無益の相手に同様に勝手に手を貸してくれる事なんてのはあり得ない。

知っているのと知らないとの差

仕事の仕方を教えてくれないから仕事ができない、とか。教えてくれてればもっと良い結果が出せた、とか。他人頼りって何なん?自分が知らないことは自分の責任で、それによって利益を損失したり、破たんしても自分の責任であるハズで、他人が教えてくれなかったコトは理由にも原因にもならない。

仕事以外でも同じで、誰でも知ってるように、貧乏であれば生活保護というシステムを利用すればイイ。仮にこれを知らなかったら生きること自体が破たんするけど、知っていたことで何とかなったりするワケで、カネにかかわること以外でも似たような例は数多く存在するが、知ってるのと知らないのとでは大きな違いとなってくる。

何とかする方法

知ること、知っておくべきことを身につけるには調べるなり、勉強するなりするしか方法は無い。というワケでもない。
何でもかんでも自分で調べて勉強してとかは現実的にはムリである。

では、どうすれば良いのか...
自分一人では賄いきれない知識や方法などを手に入れるには、他人を当てにするしか方法が無い。先に無益な相手に勝手に手を差し伸べれくれる人はいないとしたが、それは勿論変わらない。

相手に取って自分が有益であると思ってもらえており、その人物と人間関係が出来ている...というのが大前提となる。

仕事にしろ、おカネ儲けにしろ、人間関係(コミュニケーション能力)が最も重要なファクターとなる。仲の良い人が困っていたら助けるけど、別に知ってるだけの人が困ってても助けはしない。その仲の良さにおいても、仲良しレベルによって手助けするレベルが比例するのは自分自身で考えれば分かりやすいだろう。

そして、自分自身に何も持っていない場合でも、人間関係があれば教えを請うこともできるし、指導して貰う事も可能。0(ゼロ)からでも始められるための唯一の重要なポイントが人間関係となると思う。もちろん、0(ゼロ)スタートでも自己努力での勉強などは必須だけど。

サラリーマンオヤジたちが、むかーし口にしていた「飲ミュニケーション」は、満更でも無いと思っている同年代のオヤジの呟きでした(^^)v


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